北海道認知症介護ネットワーク

アクセスカウンタ

zoom RSS 孤立した「老老介護」の悲劇

<<   作成日時 : 2013/12/09 16:23   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

悲しい残念なニュースです。

執行猶予が出たので、残りの人生をしっかり生きてほしいです。



優しい夫がなぜ妻を殺害…、孤立した「老老介護」の悲劇 判決は?

産経新聞 12月8日(日)20時14分配信



 「その通りです」−。今年7月、自宅で寝ていた妻=当時(75)=の首を絞めて殺したとして殺人罪に問われた男は、年齢を感じさせるかすれ声で罪を認めた。男は昭和9年生まれの79歳。手に掛けたのは、半世紀近くともに生きてきた最愛の妻だった。孤独な「老老介護」を続ける中で、病気に苦しむ妻を思う心が暴走し、取り返しのつかない悲劇を呼び起こした。

■なぜ、最愛の妻を…

 判決などによると、被告が凶行に及んだのは今年7月8日ごろ。早朝に東京都世田谷区の自宅マンションで妻の首を最初は両手で、続いてタオルで締めて殺害。翌日未明には、隅田川に飛び込んで自殺を図ったが死にきれず、数時間後に川に浮かんでいるところを救助された。被告は、搬送先の病院で妻の殺害を打ち明け、自首した。

 11月25日に東京地裁で行われた裁判員裁判の初公判。検察側は冒頭陳述で「短絡的な犯行」であることを強調した。

 被告の妻は、くも膜下出血で倒れた後、めまいなどの後遺症に悩まされるようになったという。さらに、被告も腹部の痛みなどから「自分は末期の大腸がんではないか」と疑うようになったが、検察側は「被害者の病状を軽減させる方法を考えず、殺すという方法を取った」と指摘。安易に無理心中を図った身勝手な犯行と位置づけた。

 これに対して、弁護側は「責任能力を含め、全て認める」とする一方、殺害に至った背景を「病に苦しむ妻を思うあまりの犯行だった」と主張。「妻の病気の後遺症が悪化し、死を願う言葉も口にするようになった」とし、「妻を楽にしてやりたいという思いから殺害した」と訴えた。

■「わが家が一番幸せ」と妻の手紙

 証拠調べで検察側は、凶器となったタオルを提出。検察官がタオルを広げて「このタオルが見えますね。あなたの家にあったものですか、殺害に使用したものですか」と尋ねると、被告はしっかりした口調で「はい」と答えた。

 ピンクと白の図柄で、長さ1メートルほどのタオルは、凶器として使われたようにはとても思えず、むしろ平穏な家庭生活を連想させた。

 弁護側が証拠として読み上げたのは、今は亡き妻が被告にあてた手紙だ。被告の70歳と76歳の誕生日を祝い、贈ったものだという。

 《70歳の誕生日おめでとうございます。結婚40年、私を支えてくれてありがとうございます。孫にも恵まれ、誰よりもわが家が一番幸せな家族》

 《パパ、誕生日おめでとう。いつの間にか76歳になりました。いつまでもいつまでも楽しく生活できますようにお祈り致します》

 30歳の時に、妻と結婚したという被告。幸せだったはずの家族の姿が浮かび上がった。

■一人娘の両親への思い

 証人として出廷したのは、2人の間に生まれた長女だ。一人娘だという。

 検察官「あなたは、被告人と被害者の娘さんですか?」

 長女「はい」

 夫婦水入らずの幸せな暮らしに影が差していったのは、平成14年に妻が病気になってからだという。

 くも膜下出血で倒れた妻は、一命を取り留めたが、物が二重に見えるなど目の異常や、ひどいめまいや手足の震えといったさまざまな後遺症に悩まされるようになった。まぶたの手術も行ったが、症状は改善しなかったという。

 刺繍(ししゅう)や書が趣味で、社交的な性格だった妻は、次第に家にこもりがちになっていった。 

 長女「あまり人に会うことを好まず、家に閉じこもる時間が多くなり、もともと心配性なところがあったが、さらに強くなりました」

 長女はある日、母から「死にたい」と言われたという。「日に日に悪くなっていき、(回復が)難しかったのではないか」と振り返った。

 弁護人「あなたのお母さんを殺されてしまいましたが、被告人に処罰を求めますか」

 長女「いいえ」

 弁護人「今後のことをどう考えていますか」

 長女「父が社会に出てきたときには、一緒に生活して、母のことを受け止め、父の老後を見守りたい。母は、父のことをもう許していると思います。病気の辛さをずっと訴えていたことに『ごめんね』と。父がそう(妻が死を願っていると)思い込んでしまったことに対し、『ごめんね』という気持ちだと思います」

 冷静に受け答えを続けていた長女が、絞り出すような声になったのは、自殺を図った被告が助かった際の思いを問われたときだった。

 「正直に、生きててくれてよかった。一度に、両親を亡くすのは辛いですから…」

■一人、悩みを抱え込んで…

 証人尋問に続いて行われた被告人質問。被告が妻の「死んで楽になりたい」という言葉を初めて聞いたのは、昨年の冬だったという。「驚きました。特別に声をかけることはできませんでしたが、散歩に出よう、とは言いました」と、当時の衝撃を表現した。

 弁護人「(妻の)死にたいという気持ちが本当ではないと思ったことは?」

 被告「本当だと信じていました。真実だと、私は思っていました」

 弁護人「奥さんのことについて、娘さんと相談はしましたか」

 被告「していません。この問題だけは、娘に相談してもだめだと思い、こうしてしまいました」

 「思い込みが強い」と長女が性格を表現する被告が、妻の病が悪化する中で、悩みを抱え込んでしまった構図が浮かび上がった。

 弁護人「娘さんと相談していたら?」

 被告「こうはならなかったと思う」

 11月26日に開かれた論告求刑公判で、検察側は被告に懲役5年を求刑。弁護側は執行猶予付き判決を求めた。

 最終意見陳述で、被告は「私にとって最高の妻でした。平成22年ごろから(妻の)病状がだんだんと悪化しまして…。こういう行動を取って申し訳ない。どうおわびしてよいか分からない」と述べた。

 裁判員との評議の末、迎えた29日の判決公判。被告に言い渡された判決は、懲役3年、執行猶予5年だった。

 裁判長は判決の言い渡し後、「これで、社会に戻ってもらうことになります。まずはお嬢さんとともに過ごす中で、自分のしてしまったことを見つめ直してほしい」と諭した。さらに、「今回のように問題があった場合には、抱え込まず、お嬢さんと話し合って解決してください。そのことが、明るく周囲の人を大切にしていた奥さまへの供養になると思います」と被告に語りかけた。

 妻を殺害してから5カ月。被告の胸には何が浮かんだのだろうか。ゆっくり、深々と頭を下げる姿を、満員の傍聴人は見つめていた。
.

【関連記事】
老老介護の果てに…「一緒に死のう」妻殺害し、自殺を図った元商社マンの葛藤
「ごめんな、おばが悪い」…36歳の孫はなぜ最愛の祖母を殴り死なせたのか
認知症の人の列車事故 720万円損害賠償命令で波紋呼ぶ
月収2000万円から窃盗犯に…元銀座ママが訴えた“赤線行き”の危機
育ての母は言った「誰に似たんだろうね」…取り違えで入れ替わった2つの人生

最終更新:12月9日(月)10時19分

【衝撃事件の核心】

老老介護の果てに…「一緒に死のう」妻殺害し、自殺を図った元商社マンの葛藤


 病床の妻を自らの手であやめた元商社マンが「最期の場所」に選ぼうとしたのは、夫婦の思い出の地だった−。東京都世田谷区のマンションで7月9日、片桐早智子さん(75)の首を絞めて殺害したとして、夫の健躬(たけみ)容疑者(79)が警視庁に殺人容疑で逮捕された。

犯行後、飛び込み自殺を図った隅田川が流れる日本橋はかつての勤務地の近くで、早智子さんとも何度も訪れた場所。東京消防庁に救助されて一命を取り留めた健躬容疑者は「妻とは以前から『一緒に死のう』と話していた」と打ち明けた。長年連れ添った妻を介護する中で、人知れぬ葛藤を抱えて生き抜いていた。(中村翔樹)


「介護に疲れて」 ゆっくり首を絞め、遺体には布団を…


 「自宅で妻を殺してしまい、自分も死のうと思いました…」

 9日午前5時ごろ、東京都台東区浅草の隅田川で溺れているところを救助された男は「片桐健躬」と名乗り、救急隊員に力なくこう説明した。連絡を受けた警視庁玉川署員が現場に駆けつけ、早智子さんが寝室のベッドで仰向けの状態で死亡しているのを見つけた。

 健躬容疑者が説明した通り、早智子さんの首には絞められたような跡があり、玄関の鍵がかけられ、第三者が侵入した形跡もなかった。同署は健躬容疑者の犯行と断定。川に飛び込んだ衝撃で全身を強く打ち、治療を受けていた健躬容疑者の容体が回復するのを待ち、11日に殺人容疑で逮捕した。

同署によると、健躬容疑者は容疑を認め、「妻が鬱病を患っており、介護に疲れ、将来を悲観した。自分も死ぬつもりで川から飛び降りた」と供述しているという。

 健躬容疑者は早智子さんと2人暮らし。早智子さんは12年前にくも膜下出血を発症し、歩行が不自由な状態だった。近くに住むひとり娘の長女が週1回程度、マンションに顔を出して面倒を見てくれることもあったが、事実上、健躬容疑者が1人で介護する状態だった。

 司法解剖の結果、早智子さんの死因は窒息死で、死後半日程度経過していた。就寝中に襲われたとみられ、「首に残った跡は非常に薄かった。弱い力でゆっくりと絞めたようだ」(捜査関係者)。発見時、遺体には胸まで丁寧に布団がかけられていた。


夫婦の思い出の地、日本橋から隅田川へ


 捜査関係者によると、長女が最後にマンションを訪れたのは7月5日。夕食の準備などをして午後5時ごろには部屋を出た。長女は「両親はいつもと同じで、違和感は全く感じなかった」と話しているという。

 健躬容疑者が犯行後に身を投げたのは、救助された浅草から下流に約4キロ離れた中央区日本橋の新大橋だった。マンションから約20キロ離れたこの場所に、健躬容疑者は9日未明、自宅近くからタクシーで向かった。車内では落ち着いた様子で、男性運転手にも「昨日は雨がすごかったね」などと声をかけていた。

実は、日本橋には健躬容疑者が定年まで勤め上げた大手商社があった。早智子さんとも食事や買い物などでたびたび日本橋を訪れていたといい、特に新大橋から望む隅田川の眺望は2人のお気に入りのスポットだった。健躬容疑者は「死に場所を考えたとき、なじみのある日本橋が頭に浮かんだ」と説明しているという。

 健躬容疑者は救助されるまで約1時間にわたって川面を漂っていたとみられ、「79歳という年齢を考えれば、命が助かったのは奇跡に近い」(捜査関係者)。履いていた靴がビニール製で、水に浮きやすかったことも幸いしたとみられる。


高級マンションに2人暮らし 鬱病発症で「殺してほしい」と依頼も


 健躬容疑者と早智子さんが暮らしていたマンションは、都内有数の高級住宅地として知られる世田谷区深沢にある。近くには駒沢オリンピック公園があり、複数の路線の駅が徒歩圏内にあるなど利便性も高い。

 マンション内では警備員が目を光らせている。近所の住民は「芸能人や官僚が住んでいると聞いたことがある。お金持ちじゃないと住めない物件」と話す。

 捜査関係者よると、健躬容疑者は金銭的に不自由しておらず、早智子さんの介護のためにホームヘルパーを利用していた。ただ、病状は年々悪化し、最近では鬱病を発症。改善しない体調にふさぎ込んだ早智子さんが時折、健躬容疑者に辛く当たることもあった

 健躬容疑者は「妻からは何度か『殺してほしい』と頼まれていた」と供述しており、同署は詳しい動機や殺害の経緯を調べる。また、いったんは失いかけた自らの命について、こう話しているという。

 「犯した罪の責任を取らないといけない。もう二度と、自殺を図ることはしません」。


テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
画像
画像
画像
画像
画像
画像

リンク集

孤立した「老老介護」の悲劇 北海道認知症介護ネットワーク/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる